ドイツ旅行観光のオンライン辞書・事典: 文化遺産

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アーヘン

ドイツ語: Aachen
キーワード: , 文化遺産 , 観光地
関係有る記事: フランクフルト , ケルン
関連サイト: http://www.aachen.de
説明:オランダとの国境近くケルンの西に位置するアーヘンはローマ時代からの有名な温泉地です。シャルルマーニュはアーヘンに宮殿を定め、後に大聖堂(ユネスコの世界文化遺産に1978年登録)に成るチャペルで814年に死んだので、その特権がフランクフルトに移るまでの6世紀間は神聖ローマ皇帝の戴冠式がアーヘンで行われる仕来りでした。アーヘン大学の工学部はヨーロッパでの最先端校の一つ。人口は約25万人。

ウィーン

ドイツ語: Wien
キーワード: オーストリア , ダニューブ川 , 文化遺産 , , 観光地
関係有る記事: シェーンブルン宮殿
関連サイト: http://www.wien.gv.at , http://www.wien.info
説明:オーストリアの首都ウィーンはケルト人の村ウィンドボナとローマ人がダニューブ川岸に造った駐屯地が起源です。1155年からバーベンベルク伯爵領の首都でその後1278年からハプスブルク家が領有。1529年と1683年のオスマントルコ軍の包囲から解放された後オーストリア・ハンガリア帝国の首都としてヨーロッパ有数の大都市に成長。ホーフブルクなど歴史建築物が豊富なウィーンは2001年からユネスコの世界文化遺産。

グラーツ

ドイツ語: Graz
キーワード: オーストリア , 文化遺産 , , 観光地
関連サイト: http://www.graz.at
説明:スラブ人が作った砦グラデツが起源でドイツ名のグラーツは1182年に最初に文献に現れます。丘の上に聳えるシュロッスベルクは14世紀からスロベニアと北イタリアを支配するハプスブルク傍系の住居だった。有名な天文学者ヨハネス・ケプラーは迫害でプラハに逃げるまで1586年創立のグラーツ大学で短期間教鞭を取りました。南オーストリアはムール川沿いに位置するグラーツは1999年からユネスコの世界文化遺産で人口は253,000。

ケルン

ドイツ語: Köln
キーワード: , ワールドカップ , 観光地 , 文化遺産 , ライン川
関係有る記事: ボン
関連サイト: http://www.stadt-koeln.de , http://www.koeln.de , http://www.domforum.de
説明:ライン川の西岸ノルトライン・ヴェストファーレン州に位置するケルンはドイツ最大の都市の一つでローマ帝国の植民地として創設。中世には大司教座が置かれたハンザ同盟の都市として繁栄。有名なオーデコロンは18世紀に移住したイタリア人が発明。西ドイツの首都のボンが近くに在ったので第二次大戦後急速に発展する。人口は96万人でケルンの大聖堂はUNESCOの文化遺産。

コブレンツ

ドイツ語: Koblenz
キーワード: ライン川 , 文化遺産 , , 観光地
関係有る記事: トリーア , ローレライ
関連サイト: http://www.koblenz.de
説明:モーゼル川がライン川に合流する所に位置するコブレンツは紀元前9世紀にローマ人が造った砦が起源で、カロリング朝時代にはフランク王達の住居と成りその後1018年から18世紀までトリーア大司教の所領。1794年からナポレオンの敗戦に因る1815年のウィーン会議によってプロイセンに割譲されるまではフランス領であった。古いコブレンツの中心部はライン川の中流域と共に2002年からユネスコの世界文化遺産。

ザルツブルク

ドイツ語: Salzburg
キーワード: アルプス , オーストリア , 文化遺産 , , 観光地
関連サイト: http://www.salzburg.info
説明:オーストリアの北西はドイツとの国境近くザルツァッハ川に跨るザルツブルクはモーツアルトの生誕地と毎年夏に行われる音楽祭で有名です。紀元前14年ローマ人の占領後この地方の商業中心地として繁栄。699年ルーペルト司教はババリア大公からザルツブルクを拝領し739年に司教座を設置。1077年に丘の上に建てられたホーエンザルツブルク城と1628年に新しく建てられたザルツブルク大聖堂は1996年からユネスコの世界文化遺産。

シェーンブルン宮殿

ドイツ語: Schloss Schönbrunn
キーワード: オーストリア , , 文化遺産 , 観光地
関係有る記事: ウィーン
関連サイト: http://www.schoenbrunn.at
説明:シェーンブルンの歴史は1569年に皇帝マクシミリアン二世が海外の珍しい動物・植物を育てる為にウィーンの西外れに土地を購入して動物園・植物園を造った事に始まる。1696年皇帝レオポルド一世は有名な建築家ヨハン・フィッシャーに頼んでベルサイユを真似た宮殿を建てさせる。その後女帝マリア・テレサは宮殿をロココ風に改築。ナポレオン軍敗退の後ウィーン会議は1814-1815年に開催。シェーンブルン宮殿は1996年から世界文化遺産に登録。

シュトラールズント

ドイツ語: Stralsund
キーワード: , 文化遺産 , 観光地 , バルト海
関連サイト: http://www.stralsund.de , http://www.pbase.com/bauer/stralsund
説明:メクレンブルク・フォアポンメルン州はバルト海沿岸リューゲン島に対峙するシュトラールズントは1234年にスラブ人入植者達によって創立され中世にはハンザ同盟の都市として繁栄した。17世紀の30年戦争の後1815年にプロシアに割譲されるまでシュトラールズントはスエーデンの支配下にあった。煉瓦建ての大聖堂と市役所が在る歴史的町の中心部は2002年にユネスコの世界文化遺産に登録。今ではリューゲン島に吊り橋で渡れる。人口は約58,000人。

シュパイアー

ドイツ語: Speyer
キーワード: ライン川 , 文化遺産 , , 観光地
関連サイト: http://www.speyer.de
説明:ローマ人が国境防備のためライン川沿いに建設した砦の一つから出発したシュパイアーは4世紀には司教座と成るが、近くの領主だったコンラッド二世が1024年に神聖ローマ帝国皇帝に選ばれてからその影響力は増大する。1526年にシュパイアーで開催された帝国会議は宗教の選択を各国領主の裁量に任せたが1529年の会議がそれを撤回したためプロテスタントが大いに抗議した。ユネスコの文化遺産に登録されたシュパイアー大聖堂には8人のドイツ皇帝が埋葬される。

トリーア

ドイツ語: Trier
違う綴り:トリール
キーワード: , 文化遺産 , 観光地
関連サイト: http://www.trier.eu
説明:ルクセンブルクの近くに位置するトリーアはドイツ最古の都市の一つで、紀元前30年にジュリアス・シーザーが設置した野営駐屯地が起源。その後ゲルマン族侵入によって紀元407年に放棄されるまでゴール地方の首都であった。ユネスコの文化遺産にもなるトリーアの城門「ポルタ・ニグラ」がその当時の町の重要さを物語っている。また中世にはトリーアの大司教が神聖ローマ帝国の7選定皇の一人だったので町は大いに栄えた。

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